【美味随筆】 本陣からお取り寄せの愉しみ(仮)

コラムタイトルが入ります。

須永辰雄

DJ、音楽プロデューサー

コロナ禍で家飲み続き。私の家飲みにはいくつか定番の肴がある。
一番好きなのはかつおのタタキ。はるか昔に高知の居酒屋で知ったそれは、金串しサクを、燃え上がる藁の炎に突っ込んでぐるぐる回して炙り、回りは白く焦げ、中はまだ生で赤いのを厚切り。ニンニクや刻み葱、大葉(高知では青蘇という)の薬味を加え、ぽん酢醤油(同ちり酢)をかけ、ピタピタと叩くのでタタキと言う。刺身というものは何もせず山葵醤油だけで、というびくびくした概念を打ち破るダイナミックな調理に土佐高知のパワーを知った。

無上の味、越前がに

その後も何度も行き、たっぷりの玉葱スライスに乗せる「四万十風」を知って、以来それが家で食べる基本になった。季節になると東京のスーパーでも焼いたサクを売っているが、高知から送ってもらうパックのにはかなわない。それは焼藁の香りだ。
文春マルシェで取り寄せた「昔造り鰹のたたき」の説明書にこうあった。
土佐 松葉焼かつおたたき 古来土佐では海の人は松葉、山の人は茅(ススキ)を火種に選び、かつおのたたきを作っていたそうです。私たちは昔の人に習い、香りのいい松葉を火種に選び、昔ながらの手焼きにこだわり続けてきました。焼き続け35年。いつしか「松たたき」と愛称で呼ばれ……

なるほど。真空パックのサクはずしりと重い。さっそく新玉葱をたっぷり敷いた丸皿に、厚切りを平ベたく同心円に並べ、ニンニクスライスをたっぷり貼り付け、添付の「特製タレ」をかけまわした。ここでピタピタと箸で押さえ叩き、数分待つのが肝心。ビールをぐーっと飲み干し、おもむろに一切れ。
……むむ、むむむ、むむむむむ
今は初かつおか。その爽やかな身に、松葉はヤニ分を含むためか、炙りは煙の薫香をもち、焼藁の軽快な香ばしさとはちがう濃度がある。タレもぽん酢の単純な甘味酸味ではない、みりんを加えたような味わいがする。これは力強いコクのあるタタキだ。製造は「四万十川物産」。これが正調「四万十風かつおタタキ」だったのか

マルシェから届いた青い箱の明石海峡からの天然の恵みが心強い。中は透明パックが5袋。皮をうすく剝いた紅白の刺身が、薄茶色のたれに4~5切れ入っている。大葉を敷いた皿に並べると、刺身一切れは案外大きく、背身も腹身もある。燗酒を準備して、まず一切れ。
……うま、うまうまうま、うまい~!
刺身の透明感を保った、漬けたれは、酒の肴にはちょうど良いか、やや濃いかはご飯に乗せたときを考えているのだろう。その味は、素人手製・鉄火まぐろとは、平侍と公家くらいに格がちがう、いやこれは関西の大旦那の食べるものか。昔から関東はまぐろ、関西は鯛と言うのだった。箸をぶんぶんさせ、合間の酒のうまいことうまいこと。
翌朝、もう1袋を熱々のご飯に乗せ、刻み海苔をかけた「漬け丼」がまた結構。後半はお茶をかけて「鯛茶漬」と考えていたのをすっかり忘れてかっこんでしまった。また頼もう。

PROFILE

須永辰雄

DJ、音楽プロデューサー

日本が世界に誇る音楽プロデューサー、DJ。MIX CDシリーズ『World Standard』や、ジャズコンピレーションアルバム『須永辰緒の夜ジャズ』をはじめ、 レーベルコンパイルCDや北欧アーティストにおけるリリース/招聘も頻繁に行う。また、自身のソロ・ユニット“Sunaga t experience”としてアルバム4枚を発表。多種コンピレーションの監修、プロデュース・ワークス、リミックス作品は150作を超える、日本で最も忙しいDJ“レコード番長”。